「神宮大麻(じんぐうたいま)」の歴史とお祭り
「神宮大麻」は、天照大御神の“みしるし”として、伊勢の神宮で奉製され、年ごとに全国の神社を通して頒布(はんぷ)されるお神(ふ)札(だ)です。
「神宮大麻と弥生神社のお神札」
「御祓(おはら)い大麻」と御師(おんし)
神宮大麻がいつ頃から全国各地でおまつりされていたのか定かではありませんが、平安時代末には、神宮に仕える御師たちが各地で「御祓(おはらい)」や「御祓い大麻」とよばれるお神札を頒布していたことがわかっています。このお神札が、神宮大麻のはじまりとされています。
御師は全国各地へ赴いて神宮の崇敬(すうけい)を広めるとともに、檀那(だんな)や檀家(だんか)と呼ばれた人たちの願いに応じてお祓いと祈祷(きとう)を行い、祈祷をした“しるし”として「御祓」を配っていました。人々はそれを「御祓さん」と呼び大切におまつりしました。そして、遠方から「お伊勢さま」を拝んで信仰を深めていました。
こうした御師の活躍により、江戸時代中期には全国の多くの世帯に大麻が頒布されていました。記録によれば、全国世帯数の約九割が大麻を受けていたといいます。また、各地に「伊勢講(いせこう)」と呼ばれる崇敬組織もつくられ、庶民の間でお伊勢参りが盛んになります。御師は、参宮者の交通や宿泊の手配をし、神楽や食事をふるまうなどのもてなしをしていました。
(「御祓」 神社本庁『神宮大麻・暦についてのQ&A』平成十年より)
「一万度祓」・「五千度祓」
「御祓」には、剣先の形をした「剣御祓」や箱型の「箱祓」がありました。箱祓の
包み紙にはお祓いを受けた回数と、「~大夫」、「~神官」といった御師の名前が記されていました。何度もお祓いをすると清めの力が増すと考えられており、「一万度祓」、「五千度祓」といった御祓大麻が頒布されるようになりました。こうした神宮大麻の歴史により、神宮大麻を祓いのための祓具とも考えられています。
「神宮大麻とお祭り」
神宮大麻は、伊勢の地での奉製から皆さまに頒布(はんぷ)されるまでに、いくつもの祭儀(*さいぎ)が繰り返されています。
神宮大麻は伊勢の神宮にある奉製所で奉製されています。奉製員はまず潔斎(*けっさい)をして身を清め、神宮を拝んでから奉製にとりかかります。その準備は毎年一月中旬に始まり、奉製の過程で次のような祭儀が行われます。
大麻暦奉製(ほうせい)始(はじめ)祭(一月上旬)
大麻用材伐始祭(四月中旬)
大麻暦奉製終了祭(十二月二十日)
大麻修祓(しゅばつ)式(毎週一回)
神宮大麻暦頒布(はんぷ)始(はじめ)祭(九月十七日)
さらに、神宮大麻が各都道府県に届けられると、各都道府県神社庁、各支部(弥生神社は相模中央支部です)、各神社においてそれぞれ「神宮大麻暦頒布(はんぷ)始(はじめ)祭(さい)」が行われます。
このような祭儀を通して、神宮大麻は各ご家庭に配られます。そしてご家庭では、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)の“みしるし”として神棚の中央におまつりします。このようにして昔から、神宮大麻は日々の生活の中でその御神徳を仰ぎ、御恩に感謝する表象とされてきたのです。
弥生神社での神宮大麻頒布始祭
*祭儀…(さいぎ)神仏などを祭る儀式。
*潔斎(けっさい)…物忌み。斎戒。肉食や流血などの穢れに触れることを避けたり、禊をして身を清めること。
*修祓…(しゅばつ)おはらい。
【参考文献】
國學院大學日本文化研究所編『神道事典』(弘文堂)平成十一年
神社本庁『神宮大麻・暦についてのQ&A』平成十年